25.
「無駄。」
夕紀の目の前で、瑞希が崩れ落ちるように倒れる瞬間。
明らかに拒絶するような言葉が、不意に二人の上に降り注いだ。
そして雪が空から降り注ぐように、光が舞い落ち、人の形を成した。
「誰!?」
夕紀は瑞希を背に庇いながら、人影に叫んだ。
その人影は、問いに答えず、徐々に明確な姿となっていく。
銀髪よりも更に白い雪のような髪に、奇妙と思えるほどに白すぎる肌。
全てが白に包まれた女性は、ただその両眼のみが、深紅に輝いていた。
どこか人から離れたその姿に、知らず知らずのうちに夕紀は睨みつけるように見た。
エルフも夕紀を傷つける存在と思ったのか、守るように鼻を折り曲げて人影を睨む。
そして、ちらりと夕紀が瑞希の様子を見た時、また言葉を投げかけられた。
「あれは追い出したので、起きぬ。」
唇さえも寒々しいほど白い色の口紅で塗られているように見えて、そこから紡がれる言葉も無味無臭で乾燥しきったものだった。
紅い瞳もどこか焦点を失っているように見え、夕紀は何故だか視線が、その両眼ではなく、四方八方から届いているように感じていた。
「まま、さっきいた、このひと。」
凍りかけた空気を壊すかのように、エルフが長い鼻で女性を指し示しながら言った。
「でも、ちがう。このひと、ひと、じゃない。」
その言葉に夕紀は目を見張り、女性は初めて笑った。
どこか空虚な笑みを。
「やはり、曲がりなりにもあのヒトが生んだもの。我のことが解るか。」
ぎしぎしとした違和感と共に吐き出された言葉の何分の、何十分の一すらも夕紀には理解が出来なかった。
ただその言葉と雰囲気で、直感的に人の形をしてはいるが、人ではないものだということが分かった。
「あなた……瑞希に何をしたの?」
夕紀は、エルフの庇護の中から一歩足を踏み出し、白い女性をにらみつけるように見た。
あれだけの力を振るっていた瑞希を一瞬で倒してしまった女性は、どう考えても力では適わないと感じた為だった。
多分、このヒトは力じゃ駄目で、説得しなくちゃ、きっと止められない。エルフは生まれたばかり……二人を守れるのは私しかいない。
そんな答えをはじき出すのには大して時間はかからなかった。
「ただ、この場からはじき出したのみ。とはいえ、ああせねば、あれが失うものは大きい。我は、無意味に力を使うことは出来ぬのでな。ちょうど良い行動条件を手に入れたので、それを行使した。ただ、また戻れるよう、印は置いておいたが。」
言葉遣いはどこか無機質で、冷たい手触りだったが、何故か夕紀はその事が怖いとは感じられなかった。
「あなたは……誰?」
肩の力が抜けていくのを自覚しつつも、夕紀はずっと喉の奥に引っかかっていた疑問を取り出すことに成功した。
「……誰か、とはな……。我が、其のことをはっきりと言えることは出来ぬ。我は我。ある者から頼まれ、珠獣らの行く末を見守っている。」
その言葉で女性が人とは違う存在であることを知りつつも、更に質問を投げかける。
「じゃあ、なんで……なんでこんなことしたの?」
怒りも悲しみもなく、ただ戸惑いだけが含まれた疑問の声に、女性は回りになぎ倒された木を見た。
千切れた葉が風も無いのに舞い、そして女性の中に解けるように消えていく。
「耐え切れぬと思ったからだ。」
最後の一枚が消え去ったとき、ぽつりと女性が呟いた。
「…え?」
その言葉に目を見開く。
「そなたには情報が無いから分からぬだろうと思うが、珠獣の「親」となるものは、それ相応の精神面においての重責を伴う。状況が悪くなれば、死に至るほど。」
「…「親」?」
「珠獣は完全な状態で生まれるわけではない。「親」となる者の精神や記憶を糧に、力を得る。そのものが削られるわけではないが、接触が密であるがゆえに、精神が揺らがぬほどに心が広く、強いもののみしか、「親」になりえない。だが、そなたは人の生き死にの間の中で、もっとも精神の揺らぎの幅が高い年齢。ようやく目覚めたばかりの蒼もろとも死に至らしめたらあの者に示しが付かない。その結末を回避するため、人を生きながらえさせながらも永遠の夢の都へ縛る木を、そなたの中に植えたのだ。」
夕紀は半分以上の言葉の意味が分かったわけではなかったが、その木々が決して自分を苦しめるためのものではなかったということには気がついた。
つまり、精神を崩壊させないために、麻薬の元……人を生かしながらも、永遠に夢の中へとつなぎとめる薬となる木々を、心の中に植えて夕紀を眠らせたのだと。
「私を……眠らせたのは、そういう意味だったの?」
「そうだ。だが、そなたは我が思うよりもはるかに強きもののようだ。こうして、木々を払ったというのにかかわらず、いまだに明瞭なる意識を保っている。」
淡々と事実のみを述べていく言葉は、夕紀の中に入りはしたが、通り抜けるばかりだった。
無意識に握っていた、拳が痛みを発し、その痛みで、自分が本当に聞きたい、いや言いたいことをまだ言っていないことに気がついた。
「あなたは、何をしたいの?」
そればかりが頭の中を駆け巡っていた。
back/TOP/next