
23.
「どういうことだ……?」
おもわず愕然とした言葉が零れそうになったが、日頃の行為のお陰で、囁き程度の音量になったことに、ほっとした。
暗く閉鎖的な空間は、音を反射すると思ったが、その声は岩に吸収されてしまったようだった。
「血気盛んな若者達が逸って……。」
疲れた声が足元から聞こえた。
その声は、先ほど自分が漏らした声とは違い、この土臭く、冷え切った洞窟の中に響くように聞こえた。
それは、まるでこの洞窟に何人も非難してきている人々の心の声を代弁するかのようだった。
疲れきった幾世代にもわたった人々の目が、まるで獣のように光っているように見えた。
「分った、その者達を止めよう。」
そうするほか、無い。
「だが、そんなことがあんたに出来るのか?」
ごく自然な問い。
「逸ってとは言ったものの、その「計画」は結構前から有ったらしい。俺達が気付いた頃にはもう…」
止めようがなかった、と言う言葉が宙に掻き消える。
だが、その声はもう頭の中で計画を走らせ始めた者には聞こえなかった。
ある程度きりが付いた所で、念を押すように言った。
「けして外には出るな。ここに居る限り、音も動いた時に出る振動も出ない。出入り口にも近付くな。不意に術が解けてしまうかもしれない。俺ではまた再度術をかけることは出来ないからな。」
第一、アレが作った魔法は、誰も真似できることはできない。
手放しでも認められる所といえば、そこだった。
誰も真似の出来ない簡素な構造ゆえの、複雑さ。
もっと簡単なものならば、誰もが出来ると思うが故の、その部品の組み立ての複雑さには、魔法構築は齧った程度でしかない自分にとっても舌を巻くようなものだった。
何の変哲も無い、岩の壁を前にそう思っていた者は、なんの躊躇いも無く、その壁を足で蹴飛ばした。
壁はその瞬間、ぶつかったところから青い光で出来た歪みが生じ、人一人ぐらいの大きさになったところで、そこを通り抜けた。
少し耳鳴りがするような違和感に目を瞑りながら、洞窟の外に出た後、振り返ってそこが何の変哲も無い岩の壁しかないと確認した。
そして、試合をする前のように、簡単に体をほぐすと、全速力で走り出す。
まるで獣の如く。
「俺に出来るのは……全てを公平に見ることだけだ。」
その呟きを、後において。
「夕紀の行動範囲を推測したとしても、あの植物はもっと暑くそして木陰に生えるに生える木々の一種の特徴を顕著に表していた。それに彼女が見るはずが無い。アレは薬草としても、流通してはならないものだ。」
頁を捲っていた指が止まる。
そこには、瑞希が見たのと似た葉の画が、ほかのものよりも詳細な注釈が付けられて乗っていた。
注意を惹くための紅い染料で、わざわざ。
『それは……そうか。』
瑞希の目を通してその頁に描かれた植物の正体を知ったオウルは、納得した。
「これは、非常に中毒性の高い植物だ。こんな麻薬を夕紀が見るはずが無い。乾燥した物は裏で出回っているだろうが、そんなものと接触する機会もないだろう。第一、夕紀が摂取していたなら、廃人になる確率は非常に高い……。」
瑞希は声が震えるのを抑えようとした。
大体、この事実を知って、直ぐに夕紀の夢の中に行かなかったのは、自分の感情が酷く揺らいでいることに気がついたからだった。
これでは、冷静な判断も出来ない。
夕紀の精神を蝕んでいる恐ろしいナニカから救い出すことなど、文字通り夢のまた夢だ。
だから、冷静になろうと、適当にそこらへんを歩いていたら、鈴香に声をかけられたのだった。
ほんの少しの興味と、そして茶でも飲めば、少しは心が落ち着くかと思ったのだが、全てが鈴香の行動や言葉によって台無しとなってしまった。
いつの間にか下唇を噛み切っていることなど、瑞希は気付かなかった。
オウルは、その血の味を感じていたが。
『行けばいい。』
ぽんと差し出された言葉に、瑞希は驚く。
何を言っているんだ?
精神を動かす術は、どうしても慎重さが必要だ。
最初は、とりあえず夢に入るために使う術を構成するための参考資料ぐらいしか読んではいなかったが、夕紀と出会ってからは、自分に手に入る限りの、精神に作用する術が書かれている書物をかき集めて読んだ。
だが、元々術自体の数が少ないせいなのか、あっという間に読み上げてしまった。
しかし、そのどれもが強調して書かれていたことがあった。
[非常に慎重に行わなければならない。]
その言葉が、本当に痛いと思ったのは、今以上に無いだろう。
焦る気持ちが、全てを台無しにしてしまう。
だが、その事を知っているはずのオウルが、何故そんな事を言うのだろう。
『お前は、あの娘のことを大事に思う心が、感情を高ぶらせているのだろう。』
淡々と病名を告げる医者のように、オウルは言う。
違うという言葉が、喉の奥で詰まる。
自分自身でも、最近やけに感情が露になりすぎているように感じていた。
前は、夕紀に会う前は、同じ速度で時が流れているように感じていたというのに。
『だが、お前は元々心を殺す悪い癖があった。』
オウルの声が、まるで歌を歌っているかのように聞こえる。
『我は今のお前は嫌いではない。』
その言葉を、瑞希はただ受け止めるほか無かった。
『だから、思うがままに飛べ。我が見たところ、あの娘、そんなに柔なものではない。』
最後にどこか悪戯染みた声で、オウルはそっと瑞希の背中を押した。
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