22.
「それは、無理な相談というものです。」
瑞希は振り返り、じっと自分を見つめる鈴香の姿を、少しだけ目を細めて見た。
知らずにその黒い瞳に冷たい光が宿っていることなど、少し遠くではらはらと事の成り行きを見ている侍女以外は、本人も鈴香も気が付かなかった。
「何故です?」
無邪気にも見えるほど、鈴香は何の気も無く聞く。
それが無意識に、瑞希の神経に障ることにも気が付かず。
本人も本人で、その言葉遣いに自分自身が苛立っていることの原因だと気が付いていないから、厄介だった。
「オウルは、あまり自分の場所へ他の者が入るのは、気に入らない性分なのです。王族は祭事の時、都から出るとき、そして帰ってきた時など、重要なことがある時に、それを報告するための入室は許可されますが、原則的には私用で行くことは出来ないのです。」
まるで取り扱いの説明文を読むような硬い言葉を、瑞希は淡々と言う。
「では、瑞希様のお力添えで、一目でも宜しいので……。瑞希様はオウル様に認められた方なのでしょう?」
その冷たさにいっこうに気が付かない鈴香は、なおも食い下がるかのように言葉を紡ぐ。
自分が言った言葉に、言ってはならない言葉が混じっていたことも気が付かずに。
瑞希は一呼吸置いた後で、ゆっくりと子供に言い聞かせるかのように、しかし正反対に冷ややかな言葉を紡いだ。
「確かにオウルには認められた私は、何時でも行ってもよいという許しを得ています。ですが、それはいつ何時でも、私以外の誰かを連絡もなしに連れて行っても良いということではありません。いくら親しい友人の中であっても、礼を失ってはならないのと同じことです。」
全ての言葉を言い切ると、瑞希は何も言わずに一人、部屋から出て行った。
鈴香がどんな表情をしているかなど、見ずに。


扉が閉じられた小さな音を聞くと、瑞希は安堵の色が混じった溜息を付きそうになって、慌てて飲み込む。
いくら人が居ないとはいえ、こういう場面で溜息を付いてしまうと、根も葉もない噂が一人歩きすることなど、そういうことには疎い瑞希であっても、よく知っていたからだった。
しかし、そんな事を思っても、先ほどの空気は何故だか気疲れをした。
「瑞希様。」
不意に誰もいないと思っていたところから、聞いたことがある声が自分の名を呼び、瑞希は振り返った。
「太一?」
少年兵にも見える青年は、人のよさそうな笑みを浮かべていた。
「どうしてここにいるんだ?」
瑞希は自分の驚きを誤魔化すように聞く。
「鈴香様は、私の故郷の省守の一人娘なのです。ですから、同郷の者で、尚且つ城の中に詳しいものをと。それで護衛の任を受けたのです。前の者との交代の時刻がちょうど、瑞希様と鈴香様がお茶をしていらっしゃる時になってしまいましたので。」
すらすらと述べる言葉に、ほんの少しだけ引っかかるところを憶えながらも、瑞希はそうか、と言うに留めた。
そして、本当はあまり人前でやるのは失礼だとは思ったが、今日はこれ以上鈴香に捉まりたくないと思い、瑞希は影渡りをした。


少しだけ埃っぽく、そして暗い室内に、明かりを灯した後、瑞希は知らず知らずのうちに、止めていた息を吐き出した。
「昔は違ったような、気がする……。」
ほんの少しだけ茶を飲んでいただけで、こうも気疲れするとは。
女は魔性の生き物なのよと、言う姉の言葉が今更ながらにそんな言葉を思い出す。
言っている本人は女の香りというものが微量な人だけに、いまいち信用がならなかったのだが。
同年齢が通っていた学校にも、宿舎は男女別で、授業中も、異性と話す時間が少なかったために、宮廷仕込みの丁寧な言葉と態度で切り抜けてきてしまったのが、仇となったのか。
だが、夕紀は大丈夫だったどころか、素がいつの間にか出ていたのは、どういうことなのだろうか。
それよりも、初対面の相手に、不遜な態度を取ってしまったのは。
あんまり、褒められた行為ではないのか。
今更後悔しても意味が無いんだが。
だが、どうして。
彼女の夢の中だと言うことだから、影響を受けたのは分るのだが、
ぐるぐると頭の中の中に疑問が渦巻くどころか、どこか路線がずれていってしまっていることに、瑞希は気付いていなかった。
しかも、その殆どを、ぶつぶつと呟いていた事も、気が付いていなかった。
『しかしあの場所は、あの娘の夢ではないのだろう?』
不意に聞こえてきた声に、瑞希は不機嫌な表情を隠しはしなかった。
「……オウル、こんなに都合の良い奴だとは思いもしなかったが?」
行き成り繋がりを半分切って、行き成り自分の思考に割り込む。
だが、相手が相手だ。
文句はたくさん、たくさんあったが、それを全て溜息と共に飲み込んだ瑞希は、オウルの問いに答えた。
「一部は夕紀の夢だろう。でなければ、あれほど夕紀があの場所になじんでいる訳が無い。」
夕紀から聞いた話によると、瑞希が最初にその場所へ行った時とは違い、何の異物感や違和感すらも感じなかったそうだ。
但し、自分がいる場所以外は空白だという意識は感じていたらしい。
瑞希は、部屋の主だといわんばかりの大きく無骨な木の机の端に置いてある本を開いた。
ぱらりぱらりと捲るのは、ある人から譲り受けた一冊の本で、そのページのどれもが精密な葉の画と、そして細い字で注釈が書かれていた。
「だが、あの場所には、夕紀が見るはずの無い植物が紛れている。」
瑞希が感じた違和感を、微力ながらに裏付けたのは、彼の手元にある本だった。

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