16.
「何処にもいないかと思ったら……。」
朝都はそう言いながら、光の加減によっては淡く緑色に染まる灰色の瞳を細めた。
目の前には、眠り続ける妹の姿と、その寝台の脇で簡素な椅子に腰掛けたまま、寝台の上に体をもたせ掛けて眠ってしまっている末の弟の姿があった。
朔夜の手元から転げ落ちたと思われる一枚の紙には、何かが描いてあった。
朝都は身を屈めて紙を拾い上げる。
「……腕を、上げたな。」
少し黄色に日焼けした紙に、鉛筆の黒い線で描かれたのは、彼の姉の眠る姿だった。
その絵は、15の歳の子供が描いたにしては、柔らかい筆遣いの絵は捨てるには惜しいほどの出来だった。
まだ額縁に入れたり、掛け軸に作ったりするには少々荒かったが。
そして、朝都はその絵の中に滲む朔夜の寂しさ、悲しさも見て取った。
すやすやと無垢な寝顔で眠る兄弟の姿を見て、兄は微笑と苦笑を混ぜた表情を浮かべた。
「まったく……普段は仲が良いんだか悪いんだか良く分らない喧嘩をしょっちゅうやるくせに。」
上の二人の兄とは結構な年齢差があり、なおかつ二人とも城を長期間の間出ていたことがあるので、多少は微妙な距離感が生じているが、夕紀と朔夜は二歳違いである為、結構いろいろな事を気軽に話し合える仲だ。
そして直接的な関係は無いが、姉が長い眠りに付いた切っ掛けを作ったのが自分であると、朔夜は思っているらしい。
普段はいつも通りに明るく優しい子であるが、こうして好きな絵まで悲しそうな風合いが見えるのは、彼の悲しみは外から見えるよりも相当深いのかもしれなかった。
朝都は部屋の隅にあった木の椅子をずりずりと引きずり、寝台の側まで持っていき座った。
夕暮れの光が部屋の奥まで差し込むこの時間帯は、まるでねっとりとした樹脂に時間が絡みとられたかのような錯覚を起こすほどに、全てが黄金色に染まっていた。
朝都はそんな空気に無意識に溜めていた息をゆっくりと吐き出した。
その事に朝都は苦笑した。
「柄じゃないのになあ、こんな緊張なんて。」
同じく無意識に握り締めていたひざの上の両手の拳をゆっくりと一本ずつ引き剥がすように開けていった。
黄金の甘い香りさえしそうな空気の中で、やけに青白い手だった。
自分の手から視線を外して再び妹と弟を見る。
「あーあ、なんか言うつもりだったのに、こいつらの平和な寝顔見たら吹っ飛んじまった。」
「まあ、また会えるように努力、だね。」
後ろから不意に聞こえた声に、朝都は顔を少ししかめながら振り返りもせずに言った。
「無断で立ち聞きか?相変わらず趣味わりーなあ、真昼。」
「立ち聞きって、大体お断り入れて聞くことは無いとは思うけどなあ。」
出口に佇んだ真昼は、ニコリともせずに言った。
そして朝都の側に行って、彼に袋を手渡した。
「後、素になると言葉遣いが悪くなる朝都に比べたら、僕なんてかわいいもんだと思わない?」
そういうとにこりと笑んだが、朝都はばっさりと全く、と切り捨てた。
「お前より、夕紀や朔夜のほうがよっぽどかわいい。というか、22にもなって、自分の事をかわいいとかのたまう野郎の言葉など知るか。」
年子の気軽さゆえの辛辣な言葉に、真昼はさして気にもしないように肩を竦めた。
「注文どおり2000枚ぐらい作ったから。伝書紙の行き先は黄色のは僕、赤いのは美菜さん、青いのは父さんに届くようにしておいたよ。」
流石に2000枚も作ったのは、疲れたなと言う真昼に対して、朝都はただお疲れ様とだけ言った。
「こっちは兄さんの為に一生懸命徹夜して作ったのに、たったそれだけ?」
「どうせ、徹夜と言っても、本読みながら片手まで作っただろうお前に言える言葉はコレぐらいだ。」
ずばり事実を指摘した朝都は、袋を懐にしまいつつもしらけた目線で真昼を見た。
「いやだなあ、兄さんってば見てないはずなのに、いつも事実そのものを言うんだから。少しは砂糖衣に包んだような言い方とか出来ないの?」
そういって柔らかく笑む。
その笑顔は、今は別の国へ出張中の彼らの父親、即ちこの国の王を思い出させる笑みだった。
「あのなあ、どうしてそんな甘ったるい言葉で遠まわしに言う必要性があるんだ?」
あきれ返った表情で言うと、朝都はぽんと朔夜の頭に手を置いた。
手首にはめられた銀の幅広の腕輪が、袖の間からちらりと見えた。
「……仕事が終わったら、必ず帰って来る。」
その言葉に、真昼も微かに頷いた。
「じゃあ、大まかな所は、打ち合わせどおりに。細かい所は、適当に。」
そして続けて言った言葉に、朝都は困ったような苦笑いを浮かべた。
「適当に……で済めば、いいんだけどな。」
そして、二人の兄は姉弟を部屋に残して出て行った。





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