
15
オウルは朱塗りの窓の硝子から入ってくる光を見つめた。
この風景を見つめるのも、大分長い間経っているように感じた。
風通りは良いとは言えないが、それでも外から入り込む微風を感じるには十分だった。
それ以上に物理的法則を超えた情報は、いつでもオウルの耳に届いてはいるが。
『オウル?どうしたんだ、押し黙って?』
オウルの情報源の一つでもある瑞希の声が、二人の間に流れる力の流れを伝って、空間を軽々と跳躍し、聞こえる。
「いや、どうということは無い。」
そして言った後に、間違えた言葉を使ってしまったことに気が付いた。
『……分かった。』
だが、帰ってきた少年の声は、その言葉に表面上は納得したような答えを返してきた。
瑞希にオウルが今思っていることは分からないだろう。
ただ、瑞希にも言えぬようなことだということを察して、そう言ってくれたことがオウルも分かった。
そういう子だった、昔から。
自分が上手くヒトと接することが出来ないから、それ以上に、自分が持ってしまった力の意義を他の人とは違った視点で見つめて、そしてソレにとても怯えつつも、その怯えに気が付いた誰かが怖がることの無いように外に見せずに振舞っている。
言葉遣いが対する人との違いや、心の動揺で微妙に変化してしまうのはそのせいでも有る。
不器用でありながらも、器用貧乏な所も有るのは……あの人そっくりだ。
オウルは、だがその人の名前が出てくる前に思考を止めた。
何回も何回も流転した思いを取り出すのは、今は少々重かった。
「お前の腕に刻んだ陣に出てきた光は、多分娘と蒼い珠獣との接触時に繋がれた流れから逆流してきた蒼い珠獣の力だろうとは、思う。但し、たかだか蒼い光で判断するには弱すぎるがな。」
オウルとしては歯切れの悪い言葉を紡ぎつつ、それで今まで思ったことを吹き消した。
瑞希の腕に刻まれているのは、彼専用の魔法を紡ぐための魔方陣であり、そして彼以外の者がその魔方陣を複製して用意出来た所で、彼と同じように術を行使することは出来ない。
何故ならば、その魔方陣は単体では用を成さず、彼固有の魔力とオウルの魔力が力となるのは無論、一番重要なのは、二つの力そのものの固有の特徴自体が未完成の魔方陣を完成させる鍵となり、力が魔方陣を巡ると同時に魔法が発現出来るものだったからだ。
だから、彼ら以外の力が流入してきても、魔法自体は発現しないが、さりとて、どうして二人以外の魔力が魔方陣に流れ込んでくるのか、その原因はオウルにも分らずにいた。
大体の見当はついてはいたが。
『私もそうだとは思っては、いた。』
瑞希から返って来る、こちらもまた歯切れの悪い言葉も予想済みだった。
だが、その事を断定するには、その力はあまりにも重く切れ味が鋭すぎる鋭利な刃物でありすぎた。
瑞希はうすうすと気が付いてはいても聞くことを恐れているのか黙っているが、オウルは珠獣が持ちえている固有魔力の量がどれだけ人を凌駕しているのか、とてもよく知っていた。
人は魔法を使うために他の場所から力を引き出し、そしてそれを魔法として構成する為に必要な火種程度の魔力しか持ちえていない。
だが、珠獣は自前の力だけでも、強力かつ複雑な構成の術を一発打てるほどの量を持つことが出来る。
それが通常の工程で魔法を紡ぐとなると、その脅威は計り知れなかった。
今の所、現存している珠獣たちの居場所はオウルが密かに把握しているが、彼らは遥か昔に死線を越えてきた経歴からか、むやみやたらに力を振るうようなことはしない。
それに、人には見つからぬように、意図的に力が体の外へ出てしまうことを抑えてもいる。
だが、遅すぎる目覚めを迎えた幼い珠獣の力が無意識に流出し、あまつさえも何が切っ掛けかが分らないが、遠く離れているはずの瑞希の魔方陣にまで流入してくるとなると、話は違ってくる。
「とりあえず、我の側からも蒼の珠獣の力の流入を止めるように努力しよう。我らの事例とは違う、他の力の流入が良い結果を生むとは思えんのでな。」
そう言いつつも、早速オウルは瑞希の体の中から蒼の珠獣の力を取り出す作業をし始める。
それと、同時に瑞希に向けられる視線に気が付いた。
「……ふうむ、案外モテるのだな。」
『は…?なにが持てるんだ?』
オウルが言う意味が分らないのか、不思議そうに問いかけてきた瑞希の言葉に、オウルは笑いを噛み締めた。
『いや…なんでもない。』
しかも、思わぬ言葉を言われたのか、返答を口に出してしまった瑞希が、近くにいる誰かに何か言っている声が微かに聞こえた。
少し戸惑い気味な声を聞きながら、オウルは目を細めて、瑞希を通して伝わる人の気配を手繰り寄せた。
そしてまた少し唸った。
会話を終えた瑞希に、オウルは一言だけ言った。
「気をつけろ。」
その言葉の響きに、瑞希が驚いたのが伝わる。
それが何を意味するのか問われる前に、瑞希との繋がりを軽く遮断した。
繋がりの状態を操作するのは、オウルのほうが瑞希よりも支配権が強く、どちらかが緊急事態に陥らなければ、再び瑞希側から意識を繋げることは出来ない状態になる。
力だけは繋がっているので、オウルは再び作業をし始めながらも、思索に耽る。
オウルにとっては、別々の力が混じったものをより分けるのは、こんがらがった毛糸の中から違う色合いの糸を慎重に解いていくような単純作業なので、思索に耽るのにうってつけだった。
そして、なぜ自分が行き成り遮断した意味を自らに投げかける。
何がと問われた所で、全て、としか答えられなかった。
そう、全てに瑞希は気をつけていかなければならない。
そんな直感だけが先行してしまっている。
あまりにも遅れて生まれてきた蒼い珠獣。
厳密に言うと、まだ肉体を得ていないので、生まれているとは言えないが。
それが、未来になって人々からどのような存在として語られるかどうかは、現在進行形で生きているオウルには想像も付かなかった。
だが、それが時代の転換点のような気がしてならなかった。
「瑞希も……我も、不器用な性分だ。いつまで見ていられるのだろうかな?」
自分自身に問いかけつつも、答えが出てこないことも重々承知していた。
願わくば、その結果が見える頃まで瑞希には生き延びて欲しいと、オウルは密かに思った。
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