
14
がんと、何かが頭に思いっきりぶつかったような衝撃を受けた後、一気に意識が覚醒する。
指先に冷たい絹の感触を感じた。
「ああ、良かった!良かった!!」
突然、ぼんやりとした意識を刺すような甲高い声が聞こえて、瑞希は思わず顔をしかめた。
一体誰なんだ。
その疑問は直ぐに解けた。
声の主は、布団の上に投げ出された瑞希の手をぎゅっと握り締め、上目遣いに彼を見つめて言った。
部屋の中に差し込む光を、きらりと反射する緑色の瞳が見えた。
「大丈夫でしょうか?瑞希様。従妹の鈴香です。わたくしが来たのならば大丈夫ですわ。」
何が大丈夫なのか、と頭の中で思ったが、口には出さない。
それ以上に、ずきずきと左腕の上腕が軋むように痛む。
「どこか痛むのですか!?」
瑞希が痛みで顔をしかめたことに気がついた鈴香が、すがりつくかのように寝台に寝ている瑞希のほうに体を寄せる。
「……いや、大丈夫だ。」
そう言って、瑞希は上体を上げた。
そして、鈴香の視線から出来るだけ自然な態度で顔を背けた。
どうしてだ…?
瑞希がそう自問するほど、今の彼女の視線を厭う理由が分からなかった。
なぜだか自分に憬れている様子は前々から鈴香にはあったが、今瑞希に注がれている視線は、それとは違うようなものが含まれているように彼は感じた。
自分を見ているようで、どこか自分をすり抜けてほかのものを見ているような、視線。
産毛が逆立つような、嫌な感覚を感じた。
「わたくしが来た時に、瑞希様が二日も目覚めていらっしゃらないということを聞きまして、急いでこちらに参ったのですが、お顔を拝見した直ぐにお目覚めになられて良かったですわ。」
まるで清流が流れるような可憐な声が、美しい言葉を紡ぐが、瑞希にとっては好ましいものとは思えなかった。
「少し、黙っていてくれないか?」
ただ綺麗なだけの言葉に上書きするかのように瑞希は言って、そして左腕の袖をめくり上げた。
彼の左腕の上腕の肌に刻み込まれた刺青は、翼と風の意匠を織り込まれている。
その刺青は今、瑞希の目の前で、蒼く光り、そして痛みと同調するように明滅を繰り返していた。
「オウル」
『我にも、分からん。』
空中に呼びかけた瑞希の声に、オウルは間髪入れずに答えてきた。
普段は使うことは無いのだが、瑞希はオウルに、オウルは瑞希に、どんなに距離が離れていても声を届かせることが出来る。
瑞希は頭の中に直接飛び込んできた声で痛みがより大きく疼くことに顔をしかめつつも、淡々と言葉を頭の中で積み上げる。
では、先ず私が二日も眠っていたと言うことは本当か?
『本当だ。お前がわざと無防備な状態で、あの娘の夢に紛れ込んでいる異物を探しているのはわかってはいたが、これ以上昏睡状態に近い状況に体を置いてしまうと危険な状態にさらしてしまう恐れがあったからな。お前がやっと夢の奥底に眠っているものを、掬い上げようとしていたことは分かってはいたが、こちらの判断で引き剥がした。』
そうか……心配をかけさせてすまなかった。
『やけに殊勝な言葉遣いな事だ。』
呆れたような声は、瑞希の態度の裏を予期していると言う表れだった。
そして、やや声を低くしてオウルは言った。
『教えることは簡単だ。だが、教えた所でどうにかなるとは思えん。返って泥沼にはまり込む自体にもなりかねん。』
きっぱりと断言するオウルの言葉に、瑞希は少しだけ苦い顔をしたが、黙ってその言葉の続きを聞く。
『確かにあの欠片には我の気配が入っていた。しかし、あの頃はまだ我も幼く、何も分からないまま全てが流れ行ってしまった。』
瑞希はオウルの姿は見えなかったが、オウルが目を細めていることは分かっていた。
だが、癖は分かっていても、オウルの過去は知らない。
そして、欠片が表していたものは、遥か昔の事である事だけは分かった。
『懐かしく思うよりも先に、まだ我の中では過去としては消化仕切れていない。未だ報酬も分からぬ賭けをしているようなものだ。』
小さく溜息を付いた後、続けて言った言葉に瑞希は、少しだけ目を見開いた。
『お前に力を分け与えたことも、また賭けの一部であり、我の感傷に過ぎない。』
冷ややかな言葉だったが、瑞希はその言葉に安堵を覚えた。
『どうした?……我は当然反論が返ってくると思ったが?』
瑞希は目を閉じる。
そうすると、いっそうオウルから流れ込む力を感じることが出来る。
その流れは、いつもと同じように穏やかな冷たさを持っていた。
賭けの対象であっても、気にする理由が有るか?
その言葉にオウルは、ほうと相槌を打った。
賭けの対象であっても、私がオウルの力を貰っている事実には変わりない。それに、私は運命だとか前から決まっていたことだとかと言われるよりも、私情のみであるほうがよっぽど気が楽だ。
『その心は?』
私情であれば、私がどう動こうともお前が文句を言う筋合いが無いという所で、全く気が咎めない所が良いな。
そう言うと、瑞希は意地悪くくすりと微笑した。
『そう来たか。』
オウルはその答えを聞いて楽しそうな声で言った。
そして咳払いをした後、オウルは言った。
『だが、我はお前を見守るという立場を取ってはいるが、その他大勢はどうだろうな?』
その言葉に、瑞希は黙った後、言葉を頭の中に浮かべた。
何故、無責任に期待を押し付けるのだろうか。
そして、瑞希は部屋の中に差し込んできた光に、目を細めた。
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