13
冷たい光を反射する樹脂の中に、黒い羽毛が封じ込められた綺麗なかたまりを、瑞希は夕紀の手に握らせた。
その時触れてしまった彼女の指の体温の冷たさに、瑞希は少しだけぞくりとしながらも言葉を紡ぐ。
「これを握り締めて、私の名前を呼べば、出来うる限り夕紀の側に来る。」
真っ直ぐに見上げる夕紀の視線を、意識しないようにと思いながら、ゆっくりと言う。
その割には、彼女の瞳の色が滅多に見ることが出来ないような、素晴らしい夕日の色そのものだと思った言葉が、心に刻み付けられたのに気がつかない振りをする。
「……またね。」
夕紀が言った吐息のような言葉に、瑞希は言葉で返答することが出来ずに、ただ頷いた。
そして後ろ向きに彼女と距離を取る。
淡く白に解けるような緑と茶色と青の色に、くっきりと浮かぶような蒼の色の巨体の象。
そしてその前に佇む、一人の黄昏色の印象の少女の姿を目蓋の裏に残したまま、瑞希は目を閉じた。
頭に響く揺らぎがいっそう強くなり、眉を歪ませた。


「え……っ?」


夕紀の戸惑いの声が聞こえた、様な気がした。
だが、それも混濁していく意識には微かにしか届かなかった。



微かにちらつく色の欠片に、瑞希は目を見開こうとして、失敗した。
どういうことだ?
思わず言おうとした言葉が、音にならずに、その事に二重に驚いた。
瑞希は首を振ろうかと思ったが、体を動かすことが出来なかった。
ただ、いつもよりも神経がむき出しになったかのように、何かを受け取る感覚が異常に発達して、そして伸びていくような感覚を感じていた。
特性が、引き伸ばされる……?
オウルの力が流れ込む瑞希にとって、彼の特性はオウルの特性に近似しており、そしてオウルの特性の一つが、物理法則を超えるような受信能力だった。
どうして能力が引き伸ばされるような状態になっているのか、瑞希には検討も付かなかったが、ただ、そのお陰で大きくなった自分の網に何かが掛かっているようだから、それを見過ごす手は無かった。
弱い手ごたえの獲物を、ゆっくりと引き寄せるような、それとも、がしゃんと床に落ちて、壊れて、ばらばらになった皿をまた接着剤で張り合わせるような、神経をゆるゆると張り詰めるような瞬間を手繰り寄せる。
瑞希にとっては快楽と紙一重のような感覚で、ある意味馴染み深いものだ。
そうして息を詰めるように、色の欠片をかき集めて、そして失った欠片をも想像力で補いながら、極めて正しいと思われる場所に置いて、構成していく。
そして、その欠片の意味を、瑞希は見つめた。



白い指先が、色の付いていない水晶のような塊を人差し指と親指の間に挟んで持ち上げた。
「何故、倒さねばならないのかしら。」
女性の、溜息にも似た、吐息にも似た、微かな声が響く。


「ねえ、無意味だとは思わない?」
「なんです、行き成り?」
几帳面そうな青年の声が、溜息交じりで言う。
短めに切った清潔そうな明るめのこげ茶の髪がちらりと見えた。
「壊すよりも、治すことのほうが、よっぽど骨が折れると言うのに。」


黒い羽が一枚、床に落ちる。
白い衣に包まれた、細い白い腕が、黒い衣に包まれた幅広い背中に回される。
「……忘れてしまってよ。」
弓の弦をぎりぎりまで引き絞ったような、揺れる声。
「嫌だ。」
その声に即答で答える声は、先ほどの青年の声よりも低い音なの男の声だった。
「あら、いつもは従順な人なのに、今は駄々っ子なのね?」
楽しげに揶揄するような声も、震えている。
「ねえ、今回は私達上手く行かなかったけれども、また会えるかもしれないわ。未来にね、愛ってものがあれば、まためぐり合えるかもしれないわ。」
歌うように言葉を紡ぐその声は、けして上手いというわけでもないのに、心を打つような声だった。
それに答える男の声は、歪んで聞こえない。
見慣れぬ葉が何処からか落ちてくる。
「一旦閉ざすだけ。愛っていう、不確か極まりないものが、遠い未来にまだ有るとすれば、また開く……」


ぶつぶつと、途切れる声を瑞希は必死に繋ぎ合わせる。


「綺麗な蒼。ねえ、あなたは会える?」

白い指先が、透明な塊を掲げる。

「傷だらけの世界。癒す意味を見つけるのは、あなたよ。」

透明な塊が、綺麗な蒼に染まった。


『瑞希!!』
突然、万華鏡のように彼の周りを飛び回っていた色の欠片を蹴散らすかのように、鋭い声が飛び込んできた。
その後に降り注いできたのは、黒い羽。
瑞希は左腕に鋭い痛みを感じながら、声の主に謝った。
「すまない、オウル……。」





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