
10.
瑞希は、また見ることとなったゆめまぼろしで出来た森を、観察した。
以前は木漏れ日が美しいとだけ思ったのだが、今度はより森の細部が分かるようになっていた。
「いや、……もしかしたら、細部自体が見れなかったか、見ることが出来なかったか……細部自体が出来ていなかったのかもしれない……。それとも、細部を見ようとする精神の動きが封じられていたかもしれない……。」
ぶつぶつと、仮説を色々出すが、情報がなにぶん少ないので、どれも決定打に欠けていた。
頭を横に振って、一旦そのことについて考えることを止めると、瑞希は近くにあった木の枝に茂る葉の一枚を手に取った。
瑞々しい緑色を宿している葉だったが、瑞希の目はその葉にはおかしなことに葉脈が見つからないことを見つけていた。
その他にも、自分でははっきりと認識できない違和感が、その葉にはあった。
現実ではないと言ってしまえば、それで終わりだが。
「……コレはどういうことなのだろう……。」
そう呟きながら一枚ちぎると、緑の匂いがふっと鼻先を掠った。
その事に瑞希は笑みを抑えることが出来なかった。
自分が作り上げた魔法の理論と構築が間違っていなかったという確証が持てたからだった。
前はまさしく夕紀とエルフと呼ばれる珠獣に、殆どの感覚やある程度の行動を支配されていたような状態だったが、今度は瑞希の力を最小限に抑えることと、他人の独壇場とも思える場所でも力の操作の細かさや精度の上昇によって、より自由に動けるように、そして感受することが出来るようになるだろうと、瑞希は考えた。
彼らが自分の姿を見つけていない、言い換えれば自分の存在をまだ認識していないようなので、その成果はまだ完全には分からないが。
瑞希はすっと前に指を差し出し、ほんの少しの間だけ目を閉じて、そして何事も無かったかのように、上げた手を下ろした。
纏った黒い外套を、体に巻きつけるように手で引き寄せながら、草を踏みしだいて奥へと行く。
こっちだな。
瑞希は先ほど探り当てた「流れ」を手繰り寄せるように感じ取りながら、一歩一歩歩く。
音が耳で聞き取れるように、ある程度大きな力はここによって異なる響きを持つ音のように、周りに均等な範囲まで流れてしまう。
今の所、完全にどんな小さな媒体でも魔力として使える状態になった力が出ないようにすることは現在不可能であり、そしてその事はある程度の知識を持つ者であれば知られていることだったが、オウルと瑞希以外はその事を何かに利用するということも無かったので、完全に封印する技術を開発する必要性も無かった。
オウルが言う「千里眼」と言う能力は、その力から発せられる微かな波紋を感じ取り、その方向、力などを判断することが出来る能力で、オウルの力が流れ込んでいる瑞希が副次的に所持している能力だった。
前回は目標である夕紀の波紋が、現実世界と夢の中の世界では同じかどうか分からなかったので使用しなかったが、今回は微弱な夕紀の波紋より、あの珠獣が発している力強い波紋を追うほうが分かりやすかった。
多分、夕紀はあのエルフと呼ばれている珠獣の近くにいるだろうと、彼らしくない根拠の無い確信に基づいて歩いていった。
どうしてそういった確信を持っているのか、その異様さに気が付かずに。
瑞希の心内の視界の中では、エルフの波紋は今まで見たことが無いほど、蒼く澄み渡る波紋だった。
自分の中で無意識のうちに、蒼と言う色を当てはめているだけなのだろうと思ってみるものの、その蒼い色はどこか花の蜜のように誘われるかのような甘みを帯びていた。
オウルの無味無臭の黒い波紋とはまったく違うその感触に、珠獣も個体差があるのかと、どこか見当違いのことを考えながら歩いていた瑞希は、不意に体を強張らせて立ち止まった。
見つかった。
瑞希は今まで穏やかだった波紋が、一瞬のうちに攻撃的な方向性を持って自分を探り寄せているのをひしひしと感じた。
目測を量り損ねたか?
冷や汗が額を一筋流れ落ちるのを感じ取りながらも、元のように歩き始める。
前回は自分が不利な状況だと理解していた、しかし相手もまたそんな自身が軽くあしらえる程度の力しかないと見えたが、今度の相手は確実に格上になっていた。
これは、もしかしたならば、本気を出さなければいけないかもしれない。
冷や汗をかかせられるのは、真昼先輩に会った時以来だ、と瑞希は思いながら、茂みの中から姿を現した。
彼らの前に。
蒼い大きな獣の前に立つ少女の姿は、前に見たような光景だった。
たゆむ泉の水面の波紋の反射した光は、奇妙な模様を彼らの上に描く。
蕩けるほどに熟した夕日の色が混じった琥珀色の瞳で瑞希を見ながら、小さな口で言った。
「今度は、大丈夫。」
何が大丈夫なんだろうか。
そう思いながらも、瑞希は頷いた。
あの射抜くような波紋の方向性がいつの間にか止んでいた。
穏やかにたゆむ蒼の波紋を生み出したのは、彼女の存在があってこそだと思うのは、想像に難くなかった。
「で、何の用事?」
気軽に話す彼女は、傍らに寄り添う獣の鼻をさすりながら言った。
まるで子供に柔らかく接する母親のような姿の少女と、穏やかな青い獣。
幻想的なのに、どこか日常的な景色の一ページ。
そのせいなのか、瑞希は思っても見なかった言葉を、するりと喉から勝手に零れ落ちてしまった言葉を止めることが出来なかった。
「話の、続きをしよう。」
まるで御伽噺の中での「魔法の呪文」のような言葉は、何故かこの場にしっくりと似合っていた。
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