
4
ことりと、いままで音が無かった部屋に小さな音を立てて、瑞希の姿が一瞬のうちに現れた。
日光が入り込まない暗い部屋に明かりを燈すため、瑞希は天井にある照明装置を起動するために、鍵となる言葉を呟いた。
虫の羽音のような音を立てて、青白い魔法の光が部屋の隅々まで照らす。
奇妙にうねる硝子管が、透明な液体や緑色の液体が入った風船のように丸い硝子玉に繋がり、そして出て行くというものが多数繋がる器具が大きな木の机の上を支配している。
そしてその装置の間を埋めるかのように散らばる紙には、数式と術式、化学式と図が踊るように黒い鉛筆の線で殴り書きされてあった。
まるで流れるように積もり、机の下まで落ちる紙の山を器用に避けて、瑞希は古ぼけた小さな机の引き出しの封印を、懐から取り出した黒い羽根で触れて解除した。
それは、黒の梟の姿をした珠獣オウルに、珍しく彼が欲しいと願ったものだった。
その羽根には、オウルから抜け落ちて何年も経ってはいたが、未だ美しい漆黒のつややかさと柔らかい羽毛を保ち、何より瑞希が欲した理由であるオウル独自の特殊な魔力が残っているのだった。
ごとりと鈍い音を立てて引き出された引き出しの中身には、少し錆びた匂いが詰まっていて、ごちゃごちゃとした用途不明な物が詰め込まれていた。
瑞希の手が無頓着な手つきでガラクタを掻き分け、止まった。
じゃらりと銀色の鎖が瑞希の手から零れ、その掌には細い鎖が付いた銀色の筒があった。
そして瑞希が懐から取り出したのは、白い懐紙に挟まれたクリーム色がかった髪の数本だった。
それを見て瑞希は呟いた。
「……そういえば、許しを得るのを忘れていたな……。」
とは言っても、この髪の持ち主は、今は長い眠りについていて、起こす方法は分からなかった。
その方法をこれから瑞希は探るのだが、その為に彼女の一部が必要だったのだ。
瑞希は夕紀の髪の一本を銀色の筒の中にいれ、のこりは本棚に入っていた本の間に挟んだ。
本と言っても、多種多様な草が押し花として挟まれている本だったが。
ぱたんと音を立てて本を閉じ、本棚に戻そうとしたとき、部屋の唯一の扉である木の戸を、どんどんどんと三回叩くものが居た。
広大な城の一角、しかも半分地下になっている薄暗い部屋は、その印象以上に人を遠ざけるので、その扉を叩くものは緊急の連絡以外は限られていた。
「今開ける。」
扉の向こうの者には気が付かないだろうが、そう呟くと、また器用に紙を踏むことも無く部屋を横切り、扉の取っ手に手をかけ、内側から開いた。
ざっくりと刈った髪の、まだ少年とも言えるほどの若々しい兵士の青年が、大きな木の箱を両手に抱えて持っていた。
「瑞希様、コレが今月分の願札です。それにしても、今月は重いような気がします。」
兵士は部屋の中を用心しながら、それでも紙を一枚か二枚ぐらい踏みながら入り、瑞希が紙をのけて作った床が見えるところに箱を置いた。
「今月も持ってきてくれてありがとう、太一。」
いつもは無表情だが、僅かに笑んで瑞希は礼を述べた。
「いえ、民衆の方々の為にご尽力してくださる瑞希様に微力ながらもお手伝いできて光栄です!」
そういいながら、びしっと敬礼をする。
瑞希はその尊敬のまなざしを、少し憂鬱な気分で見た。
それは、幼い頃瑞希の身の回りを世話してくれたばあやの、腰の痛みを和らげる薬草を、調べて持ってきたことから始まった。
王子の立場ならば、幼かろうがそれ相応のスケジュールで管理させられてしまっているのだが、オウルの力によって自由な立場を得たと思われる瑞希に何かを強要しようとする者は、両親も含めて誰も居なかった。
その為、瑞希が無断で城から出て行くのを見た兵士も、上司に報告する以外は何もせずに、そのまま薬草が生えている森の中に行って、薬草を持って帰ってきた瑞希はばあやに渡した後に、その頃学校に住んでいて珍しく城に帰ってきた姉にこっぴどく叱られたのだった。
それからというもの、瑞希にこっそりと要望するものが少しずつ少しずつ現れ、瑞希自身も自分で出来る範囲と、気に入った要望なら殆ど無償で行ってきたものだから、徐々にその噂が人々の間に広まり、ついには城の門の脇にこっそりと置かれた箱に、要望を書いた紙が投入され、それを見た瑞希が要望に沿った道具やまじない、魔法などを独自に製作する慣わしが出来てしまったのだった。
瑞希自身も厭う事も無く、かえって力試しのような感じでそれ自体は楽しいことだった。
だが、それを厭う者、妬む者が少なからずも居ることも知っていた。
両親を筆頭に、貴族の地位を誇るものがそういう気持ちで自分を見ているのは、オウルの力を借りられるようになってから、一晩も経たずに知った。
両親は有能な才能に溢れた人物だったが、瑞希は自分達が描く政治の駒の一つとしてはあまりにも危険すぎる存在である事を真っ先に理解もした。
親としての愛情はあるが、幼い息子に割ける時間は大国の国王、妃の立場では瑞希に会うことが出来る時間は限られていて、そしてどうしても腫れ物に触るような立場をとらずにはおれなかったのだろうと、今では瑞希も理解はしている。
頭で納得していても、心には未だくすぶり続けるものがあるが。
貴族の面々はそれとは違う。
両親のような考え方の者ももちろんいるが、単に王子であり、そしてオウルの力を得たと思われる瑞希が、更に民衆に媚びるような事をしていると思っているのが多い。
もう一つ、瑞希が一番鬱々と思っている理由もあるが。
どれだけ、城の小部屋に閉じこもろうと、森に一ヶ月住もうとも、未だある理由で人々と繋がりを持つ瑞希の耳には、否が応でもそういった言葉は聞こえていて、そして否定すら出来なかった。
自分ですらも、それは偽善でしかないと思うからだった。
しかしそれでも自分が作ったもので喜んでいると風の噂で聞けば、嬉しくなるのもまた事実で、瑞希は自分でも安易だと思う自己矛盾を抱えながら日々を磨り減らしていた。
その鬱々とした思考をさえぎるように、上のほうから鈍い音で何かが爆発したような音がした。
「緋奈多様がお帰りになられた祝砲ですよ。」
その音の意味を知っていた太一が、のんびりと答える。
数多居る兵士の一人でしかない太一は、皇太子である緋奈多の帰りを歓迎する式典に入ることは無かったので、こうしてこっそりと置いてはあるが、撤去されそうな木の箱を持ってきたのだった。
「久しぶりに緋奈多様にお会いなされば如何でしょうか?」
にこにこと笑いながら勧める。
悪気が無いのは、こうやって物好きにも瑞希の手伝いをしていることからも分かっている。
だが瑞希は、部屋の片隅にかけてあった、地味ではあるが仕立ての良い上着を羽織ると、部屋を閉めると太一に言った。
太一が不器用に部屋を横断して、そして扉の向こうへ行くと、瑞希は部屋の戸の鍵を内側からかけた。
と言うよりも、もともとその戸の錠は内側だけしか鍵がかけられない構造で、中に一人閉じ込められる状況となった瑞希は、部屋の明かりを消し、真っ暗闇となった後に小さく黒い羽根を振った。
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